宮沢賢治詩集から
風の強いどんよりとした、なんともいえぬ日だった。
だが、確かに「春」はそこまで来ている。もう冬のコートも着ていない。
春にふさわしい詩でも味わおうか。
春(作品第519番)
春烈しいかげらふの波のなかを
紺の麻着た肩はゞひろいわかものが
何かゆっくりはぎしりをして行きすぎる、
どこかの愉快な通商国へ
挨拶をしに出かけるとでもいふ風だ
・・・あをあを燃える山の雪・・・・
かれくさもゆれ笹もゆれ
こんがらかった遠くの桑のはたけでは
煙の青いlentoもながれ
崖の上ではこどもの凧の尾もひかる
・・・・・ひばりの声の遠いのは
そいつがみんな
かげらふの行く高いところで啼くためだ・・・・
ぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっはぎしりをして
ひとは林にはいって行く
<注釈:「lento」は「緩やかに」の音楽用語>